農業と科学 平成22年6月
本号の内容
§水稲育苗箱全量施肥法における中生品種に対する適応性について
鳥取県農林水産部 経営支援課
農林技師 金川 健祐
§温度反応特性を考慮した水稲用被覆肥料の選定法
岡山県農業総合センター農業試験場
森次 真一
鳥取県農林水産部 経営支援課
農林技師 金川 健祐
水稲の育苗期間中に必要な窒素を播種時に全量施用する水稲育苗箱全量施肥法は,本田における基肥及び追肥作業を省略できることから省力・低コスト技術として,また,肥料効率が高く面積当たりの窒素施用量を減らせることから環境保全技術として注目されている。
鳥取県では1997年に本技術が導入されて以降,大規模稲作農家を中心に普及が進み,2007年には約120haの圃場で利用されるようになった。これまで育苗箱全量施肥法の適応性が確認された品種は早生品種のひとめぼれ及びコシヒカリであり,中生品種への適応性は確認されていなかった。このことは市販されている水稲育苗箱全量施肥専用肥料「苗箱まかせ」(ジェイカムアグリ社製)の窒素溶出期間が最長で100タイプ(25℃条件で溶出抑制期間が30日,80%溶出期間が100日)と中生品種に適応するには短いことから予想され,実際に100タイプの苗箱まかせを用いて中生品種(おまちかね)を栽培しても慣行より低い収量しか得られなかった。しかし,近年溶出期間が長い120タイプ(25℃条件で溶出抑制期間が40日,80%溶出期間が120日)の苗箱まかせが製品化されたため,この肥料を用いた中生品種への適用性について検討を行った。
これまでにLPS120を用いて育苗する際に,従来の施肥位置である床土上で育苗すると苗に障害を生じることが確認されたため,種籾との接触を避けるため図のように種籾を覆土と床土で挟み,苗箱の底に苗箱まかせを施用した。施用量は1箱970gとし,肥料の種類を120タイプを単用したものを床下単区,100タイプと120タイプを1:2に混合したもの床下混区した。試験対照として従来の施肥位置である床土上に施用した処理(床上単,床上混区)と苗箱まかせを用いない処理区(慣行区)を設けた。苗箱まかせの施用および播種は手作業で行った後,28℃の育苗器で48時間の出芽処理後,路地にて22日間の育苗を行った。この苗について葉色,葉齢,マット強度等の調査を行った。
試験品種にきぬむすめとおまちかねを用いて,肥料の混合割合について検討した。きぬむすめの出穂期は日本晴より約1日早く,おまちかねの出穂期は日本晴と同じである。きぬむすめについては2007年,2008年に,おまちかねについては2005年,2006年に栽培試験を行った。試験地は鳥取県農業試験場(鳥取市,標高16m,細粒灰色低地土灰色系),播種目は2008年5月7日,移植日は5月30日,試験規模は80㎡/区,1処理2反復である。いずれの試験区も施肥窒素の設定量は化成慣行対比8割(7~8kg/10a) とし,120単用区には120タイプの苗箱まかせN400-120のみを床土下に施用,苗箱1:2区には100タイプと120タイプの苗箱まかせを1:2で混合して床土下に施用,同等区は100タイプと120タイプの苗箱まかせを1:1で混合し床土下に施用,慣行区は速効性肥料(硫安)の分施体系により試験を行った。また,リン酸,カリ肥料については,地域慣行の苦土重焼リン,塩化加里(P2O5 10kg/10a,K2O 10kg/10a)を移植日10日前に本田に施用した。
早生品種については,苗箱まかせの施肥量を慣行の8割に減肥しても収量および品質低下はみられないことを確認している。一方で,中生品種については施肥量の検討が行われていない。そこで適切な施肥量について検討を行った。試験地,耕種概要は前述の肥料の混合割合と同じである。試験品種はきぬむすめを用いた。施肥窒素量は化成慣行を10kg/10aとし,N8割区には窒素施肥量が化成慣行対比84%である8.4kg/10a,N10割区には化成慣行対比102%である10.2kg/10aを施用した。なお,各試験区の肥料は,苗箱まかせの100タイプと120タイプを1:2に混合したものを用いた。
育苗箱全量施肥法においてこれまでの施肥位置である床土上に苗箱まかせを施用した場合,生育むらを生じたが,床土下に苗箱まかせを施用した場合は生育むらはみられなかった。また,肥料を床土下に施用した苗のマット強度はいずれも慣行より弱くなったが,実用上問題ないレベルであった(マット強度は7N/5cm以上あれば実用上問題ないとされている)。
また,床土下施肥で懸念した移植作業中の肥料落下も,育苗箱から取り出した苗を丸めても肥料の落下等はみられず問題はない。葉色値は苗箱まかせを利用することで慣行と比べてやや濃くなった。草丈,苗乾燥重については同等であった。
施用する肥料の割合を変えてきぬむすめとおまちかねで、複数年の栽培試験を行ったところ,きぬむすめでは苗箱1:2区が化成慣行にくらべて収量指数(化成慣行の収量を100とした場合の当該試験区の収量指数),登熟歩合指数ともに高かった。おまちかねについては苗箱1:2区の収量指数が化成慣行と同等であり,120単用区と苗箱1:1区は1割程度減収した。登熟歩合指数は120単用区と苗箱1:2区は化成慣行と同等であったが,苗箱1:1区は化成慣行区に比べて低かった。また,籾数指数は苗箱1:2区と苗箱1:1区は化成慣行と同等であったが120単用区で減少した(図1)。

これらのことは溶出期間の異なる肥料の混合割合を変えたことによる,溶出速度の違いに起因すると考えられる。図3は試験地の地温を基に各種苗箱まかせの期間窒素溶出率を推測したグラフである(ジェイカムアグリ社製の溶出シミュレーションソフトによる)。このグラフでは苗箱まかせの120 タイプの混合割合が高い程,溶出ピークの時期が遅くなっている。120単用区のように苗箱まかせの120タイプを単用で施用した場合,窒素の溶出時期が遅くなり,生殖成長期の初期に窒素栄養が十分に供給されず,籾数が減少したと考えられる。また,苗箱1:1区のように苗箱まかせの100タイプと120タイプの量が1:1の場合,溶出時期は早くなるが,登熟期における窒素供給が十分でなく登熟歩合が他の区に比べ低くなったと考えられる。一方で苗箱1:2区は両者のバランスが良いことから,中生品種に最も適していると考えられる。

玄米中窒素濃度は,きぬむすめの120単用区は他の区に比べ高かったが, これは上述したとおり窒素供給能の差によるものと考えられる。一方,おまちかねはいずれの区とも差はみられなかったが,化成慣行区での穂肥量がきぬむすめに比べて20%少ないことが原因と考えられる。

表1は施肥窒素量を変えたきぬむすめの栽培試験結果である。専用肥料の施肥窒素量を化成慣行対比8割程度に減肥しても,化成慣行と同等の収量が得られた。また,N10割区の精玄米重も化成慣行と同等であり,中生品種も早生品種と同様に減肥をしても収量減少および品質低下はみられないことが確認された。このことは冒頭でも説明したとおり,化成分施体系に比べて施肥効率が高まったことによるものと考えられる。


育苗箱全量施肥法における中生品種への栽培について,きぬむすめ,おまちかねについて検討したところ,苗箱まかせの100タイプと120タイプを1:2に混合した肥料を化成慣行窒素量の約8割施用することで化成慣行と同等の収量が確保され,玄米窒素濃度も低くなり食味向上に寄与することが期待される。また,苗箱まかせを床土上から床土下に施用することで移植作業に支障のない,生育の安定した苗を生産することが可能である。

岡山県農業総合センター農業試験場
森次 真一
被覆肥料の最大の特徴は温度依存性にあり,温度条件に応じて肥料成分の溶出がコントロールされる。そして,対象とする作物の養分吸収パターンや栽培時期に合わせて肥料を選択すれば,追肥作業の省略や無駄のない施肥が可能となる。このため,被覆肥料を用いる栽培ではその溶出特性を把握しておくことが極めて重要といえる。その反面,デメリットとして気象条件による肥効の不安定さを指摘する声も多い。
近年,水稲栽培では従来の穂肥時期に窒素成分の溶出が始まるシグモイド溶出型被覆尿素を配合した被覆複合肥料を基肥として利用することが多くなった。安定生産のためには,気象条件が変動しても穂肥時期に安定して窒素溶出が始まるシグモイド溶出型被覆尿素の導入が必要である。被覆肥料の選定にあたって各地で窒素溶出特性を考慮した検討が行われているが,実際の栽培では肥料の溶出だけでなく同時に水稲の生育も温度に反応することを考慮しなければならない。
被覆肥料の導入にあたっては,被覆肥料と水稲の感温特性を明らかにし,両者を比較するとともに,さらには広域的な産地への適合性や気象変動に対する適応性も把握しておくことが望ましい。そこで,両者の感温特性の比較や広域的な適合性の判定を行う手法を検討したので紹介する(図1)。

解析対象とした岡山県中北部地域で作付けが多いコシヒカリに適する全量基肥用被覆肥料の選定を行った。候補として3種類の被覆尿素(シグモイド溶出型被覆尿素,エムコートS60H,S80H,S100H)を供試し,窒素溶出特性値を明らかにした。窒素溶出特性値とは,いつから溶出が始まり,どの程度の割合で溶出が進むのかを計算するための係数であるが,肥料によって異なり,この数値が肥料の種類毎の温度反応特性を把握するのに重要な値となる。窒素溶出特性値は,15・25・35℃の温度別培養試験を行い,石橋ら(1992)の方法に準じて温度別の窒素溶出曲線を基に反応速度論的手法の1次反応式(式Ⅰ)により求めた。ここでは特に溶出開始までの日数(以下,TAU)及び,TAUに対する見かけの活性化エネルギーEaを被覆尿素の感温特性値とした。この場合のEaは溶出開始までの期間に対する温度の影響の大きさを数値化した値である。

被覆尿素の感温特性と同じ尺度で水稲の生育ステージの進み方に対する感温特性を評価できれば,両者の比較が可能となる。このため,幼穂形成期の感温特性についても被覆尿素と同様の解析手法を用いた。つまり,異なる温度条件(異なる作期)でコシヒカリを栽培し,移植期~幼穂形成期までの日数と地温を測定し,得られた結果を式Ⅱを用いた温度変換日数法(金野ら,1986)で解析し,移植期~幼穂形成期までの日数及び見かけの活性化エネルギー(以下,Ea)を求めた。Eaは生育ステージの進み方に対する温度の影響の大きさを数値化した値であり,ここでは幼穂形成期の感温特性値とした。

解析対象とした県中北部地域は吉備高原等の丘陵地から中国山地にかけての中山間地で気象条件が複雑であり,年平均気温も約10~14.5℃と地域間差が大きい。加えて,東西に約100km,南北に約50kmと広範囲であり,俯瞰的に対象地域を捉えるために1×1kmメッシュ単位で解析を行った。つまり,本試験で求めた被覆尿素とコシヒカリの感温特性値を基にして1kmメッシュ単位で窒素溶出開始期やコシヒカリの生育ステージ毎の窒素溶出率等を算出した。本解析では,アメダス1kmメッシュ気象データ(清野,1993)の平年値(1971~2000年)を基に地温を推定し(森次ら,2003),計算に用いた。計算開始日は,対象地域の標準的な田植え時期である5月15日とし,被覆尿素の窒素溶出開始期については積算溶出率が5%を超えた日とした。また,気象変動の影響を明らかにするために,低温年(1993年)及び高温年(1994年)の気象データを用いて気象条件の違いが両者の関係や窒素溶出パターンヘ及ぼす影響を解析した。
供試した3種類のシグモイド溶出型被覆尿素のTAU及びTAUに対するEaを表1に示した。求められたEaは,60タイプ(S60H)が約70,300J・mol-1,80タイプ(S80H)が約77,000J・mol-1,100タイプ(S100H)が77,200J・mol-1であった。また,標準温度25℃におけるTAUは,それぞれ35,47,53日であった。
地温を用いた温度変換日数法によって求めた幼穂形成期の感温特性値Eaは88,900J・mol-1であった。また,標準温度25℃における移植~幼穂形成期の所要日数は46日であった(表1)。

供試した被覆尿素のTAU対するEaは約70,000~77,000J・mol-1であったのに対し,コシヒカリの幼穂形成期に対するEaは約89,000J・mol-1であった。両者のEaはともに地温に対する窒素溶出開始期あるいは幼穂形成期の温度反応性を示しているため,両者の比較が可能であり,コシヒカリの幼穂形成期は,温度変化に対して被覆尿素の窒素溶出開始期よりもやや敏感に反応するものと推察された。さらにこの点については,実際の温度条件によって評価することが重要であると考えられ,次節で検討した。また,標準温度25℃における温度変換日数は,80タイプの窒素溶出開始期がコシヒカリの幼穂形成期と同等の値を示した。
岡山県中北部地域を対象にコシヒカリの幼穂形成期と各被覆尿素の窒素溶出開始期を1kmメッシュ単位で予測し,両者の差(ずれ)の分布状況を図2に示した。両者の差は80タイプが最も小さく,平年,低温年,高温年ともほとんどの地域で±5日以内であった。これに対して,60タイプは幼穂形成期よりも約2週間前,100タイプは約1週間後から溶出が始まる地域が多く分布した。特に60タイプでは低温年において窒素溶出開始期と幼穂形成期のずれが大きく,幼穂形成期の20日以上前から窒素溶出が始まる地域が中国山地沿いの気温が低い地域を中心に全体の約3割程度に分布した。これは,コシヒカリの移植~幼穂形成期の標準温度変換日数と被覆尿素の施肥~窒素溶出開始期の標準温度変換日数の差が11日あることに加えて,両者のEaの差が約19,000J・mol-1と大きいことによるものと考えられた。

また,窒素溶出開始後の溶出パターンを知るために,平年,低温年,高温年における出穂期及び成熟期の窒素溶出率を予測し,それぞれの生育ステージにおける窒素溶出率の分布割合を求めた(表2,表3)。60タイプは,ほとんどの地域において出穂期までに70~80%,成熟期には90%以上の溶出率を示した。次に,80タイプは,ほぼ全域において出穂期までに50~60%,成熟期に80~90%の溶出率を示し,気象変動の影響はほとんどの地域で認められなかった。さらに,100タイプでは,出穂期までに30~50%,成熟期に60~80%の溶出率を示し,特に低温年では成熟期の溶出率が約60~70%にとどまる地域が全体の約4割に分布すると予測された。


被覆尿素の窒素溶出開始時期については,コシヒカリを倒伏させないことを念頭に検討する必要がある。今回供試した中では,60タイプは溶出開始時期が早く,特に低温年では溶出開始期が下位節間伸長期にあたり,倒伏の危険性が高まると考えられた。一方,80タイプでは幼穂形成期前後から溶出が始まり,100タイプでは幼穂形成期をやや過ぎた頃から溶出が始まることから,コシヒカリを対象とした場合は80及び100タイプの窒素溶出開始時期が適当であると判断された。
次に,80及び100タイプの幼穂形成期以降の窒素溶出パターンについてみると,80タイプでは,気象条件に関わらず成熟期では90%近く溶出するのに対して,100タイプでは年によって溶出率が異なり,特に低温年では40%近くの窒素が溶出せず残存すると考えられた。これらから,溶出の安定性を考えると,今回供試した被覆尿素の中では80タイプが岡山県中北部地域のコシヒカリ栽培に適していると考えられた。
冒頭述べたように,被覆肥料は多くのメリットを持つ肥料である反面,その特性として気象条件によって肥効が左右される懸念がある。しかし,実際には水稲の生育速度も気象条件によって変動するため,これらを合わせて肥効判定をすることが重要である。今回,被覆肥料を地域へ導入する際の試みとして,水稲と被覆肥料の両者の温度反応特性を考慮した肥料選定方法を紹介した。現在,岡山県中北部地域のコシヒカリ栽培においては,全量基肥施肥用の被覆肥料として,従来はシグモイド100タイプが用いられてきたが,新たにシグモイド80~90タイプを配合した被覆肥料が用いられるようになり,従来よりもより安定した肥効が期待できるようになった。
●石橋英二・金野隆光・木本英照 1992
反応速度論的方法によるコーティング窒素肥料の溶出評価,土肥誌,63,664-668
●金野隆光・杉原進 1986
土壌生物活性への温度影響の指標化と土壌有機物分解への応用,農環研報,1,51-68
●森次真一・石橋英二・沖和生・山本章吾 2003
アメダスメッシュデータによる被覆尿素からの窒素溶出予測,農業環境工学関連5学会講要,306
●清野豁 1993
アメダスデータのメッシュ化について,農業気象,48(4),379-383